その男は、病床に伏せていた。
男は長い間、治る見込みのない病に苦しみながら、日々を過ごしていた。
ある日、彼のもとに1人のセールスマンがやってきた。
セールスマンは言った。
「寿命を買いませんか?」
あまりの突拍子のない言葉に、男は呆れてしまった。
いきなり尋ねてきてこいつは何を言っているのだ、そんなことを考えた。
しかし、なぜかセールスマンの言う下らない冗談に付き合ってみようと思ってしまったのだ。
「寿命を? 買うとどうなるんだい?」
すると、セールスマンはにっこりと微笑んで、こう言った。
「あなたの寿命が延びます。もし寿命が残り少なければ明日死ぬかもしれません。しかし、寿命を買えば、買った分だけ寿命が延びます。1年分購入すれば1年寿命が延び、10年分購入すれば10年寿命が延びます。」
男はセールスマンを困らせてやろうと、無茶を言ってみた。
「じゃぁ、100年分買えば、あと100年生きられるのかい? 1000年分買えば1000年生きられるのかい? そうだなぁ、1万年でも10万年でも生きられるのなら、買ってみてもいいかなぁ」
それでもセールスマンはにっこりと答えた。
「はい、ご購入いただいた分だけ生きられます。今なら1年1万2千円ほどでご購入可能です。相場制ですので、明日はいくらになっているかはわかりませんが……」
下らない。
実に下らない。
人間が1万年も生きるはずがない。もっと、もっともらしくウソを言えばいいのに、こいつは頭が悪いのか。それとも、明日死ぬかもしれない私にこんなことを言って、内心喜んでいるのか。
男は顔には出さなかったが、心の中でそんなことを考えていた。しばらくして、男の口が開いた。
「ようし、わかった。では1万年買おう。ただし本当に1万年生きられるかわからないから、金はすぐには払う気はないぞ」
セールスマンはカバンから書類を出すと、説明しはじめた。
「ご安心ください、1年ごとのお支払となっております。ただし、毎年のお支払額は相場が変動してもご購入時の価格になります。また、途中で解約はできませんので、その点ご注意ください」
男は簡単な書類にサインをし、契約を済ませた。
それから300年の時が流れた。
男は、まだその部屋にいた。いや、正確には部屋はもうそこには無い。男だけが、まだそこにいた。
「どうもお久しぶりでございます。」
セールスマンだ。
「今年も、お代金いただきに参りました。こちら、領収書でございます。それではまた来年」
セールスマンが立ち去ろうとした時、男が声をかけた。
「ちょっと待て。去年も言ったが、これはどういうことなんだ?」
「はぁ」
「はぁ、じゃない。俺は寿命を買ったのだろう? なぜこんな状態なんだ!
何も見えない、何も聞こえない、何も感じない、動けない、なんなんだこれは!」
「ですから、昨年もご説明しましたが、あなたはもう肉体が無いのですよ。
寿命は差し上げましたが、肉体は朽ちてしまいました。あなたは魂だけの状態で、まだ生きているのです。」
「ふざけるな! それじゃ幽霊じゃないか!」
「いえいえ、幽霊ではございません。幽霊は肉体と魂が切り離されていますが、
あなたはまだ切り離されていないのです。存在しない肉体と繋がっていると言いましょうか。
ですから、動くにも何かを感じるにも肉体を会して行います。
ですが、肉体そのものがありませんから何も感じませんし、動く事もできません。」
「あああああ、なぁ、俺はどうしたらいい、どうすれば解放される?」
「あと、9700年ほど寿命が残っておりますから、それが過ぎれば死ねますよ。
解約はできませんから、しばらくの間はこのままです。」
男はそれ以上、話をすることはなかった。
「それでは、また来年、お伺いしますので……」
そう言い残して、セールスマンは立ち去った。
「あ、お疲れ様です。今日は、あの人間のところですか?」
「うん? ああ、そうだよ。ほら、これ」
「1年分の魂、すごいですね、これ」
「魂癌化してるから、大量だろ。しかも寿命のばしてるから、極限まで刈り取っても死なないしな。」
「しかし、人間を使って魂の培養とは考えましたね。」
「まあ、俺も楽したいからな。ただ、毎回同じようなやりとりしないといけないのが面倒だけど。」
「脳がないから、記憶できないんですよね」
「そう。肉体がないのに肉体に縛られてる。生きてるってつらいな。」
死神の仕事も、最近は多様化しているようだ。