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ツッコミ日記 Encylopedia


[綴文] 「魔法使いの男」 [長年日記]

2008年06月08日 23:12更新

題目「魔法使いの男」

私は魔法使いだ。

その魔法が使えることに気がついたのは、自分の部屋でボヤを出したときだった。不注意で発生した火種を、なんとかして消そうとして焦っていた私の目の前で、どこからともなく水が出てきて鎮火してしまった。私は動転してたこともあり、水がどこから出てきたのかということも気にはしなかったのだが、落ち着いて考えてから何かおかしいと思い始めたのである。

水が出たのは事実だ。どう考えても、何もないところから水が出ていた。私の目の前で、だ。火も消えた。消えたあとは水浸しになっている。問題はその水がどこからどのような方法で出てきたのか、ということだ。どこかで水道管が破裂したのではないか、窓から入ってきた水ではないのかと、いろいろ考えて周りの人にも聞いてはみたが、どれも違った。仮にそうだったとしても、私の見た状況はそれでは説明ができない。説明ができるとしたら、超能力などの超常現象くらいだった。もしそうだとすれば、私か、誰かの超能力……いや、これはどちらかというと魔法だ。超能力とはちょっと違う気がしたからだ。しかし、私は私がみたものを、そのまま鵜呑みにすることはできなかった。もしかすると、気が動転して記憶が混乱しているかもしれないからだ。それに、普通に考えたら、馬鹿馬鹿しいことでもあった。

それから間もなくして、私はふたたび水を出した。私は車同士が衝突した事故現場にたまたま居合わせ、まわりの人とともに救出にあたった。

「ガソリンが漏れてる!」

誰かが叫んだ。同時にエンジンのほうからイヤな匂いがしてきた。引火してしまったようだった。まだ挟まれた運転手を救助できていない。時間が足りない。その刹那、これ以上の被害を防ぐために何ができるか考えた。あの時のように水を出せれば引火は防げる、そんなことが頭をよぎった。この状況でそんなことを考えてしまうことに、普通であれば呆れるのだろうが、その時の私はそこまで考える余裕もなく、ただ自分にできそうなこと、たとえばあの時のように水を出せれば一発で解決できると考えてしまったのだった。水、水だ、いや雨だ、雨なら周りにもあやしまれない。すると、降ってきたのだ。どこでもない、この真上から。雨が降ってきた。

確かなものを感じた。それまで頭の中でくすぶっていたものが、いまはっきりとわかった。偶然や奇跡は続かない。もし続けばそれは偶然でも奇跡でもない。

それから何度か水を出すことはあった。ただ、この水を出す魔法は、普段はあまり役に立たない。せっかく魔法が使えるのに、あまり便利ではないのだ。私が消防士かなにかだったら、とても役に立ったのだろうが……。

ある日、私は火事の現場にいた。私がそこに着いたときには、すでに多くの野次馬がいた。まわりの話では、まだ2階に人が取り残されているそうだ。ふと2階に目をやると、燃えさかる炎の向こうで人影が見えた。すでに火の手がまわり、救出ができない状況らしい。私は迷わず、炎にまかれそうな人物の周囲で水を出した。カンではあったが、人影が見えたことが幸いした。少しして火の手がおさまり、男性が1人救助された。救急車に入るまでの間、彼は興奮しながら叫んでいた。

「水だ!水が出たんだ!奇跡だ!」

その姿を見た私は、いいことを思いついた。もしあの男の目の前でまた水を出したら、どう思うだろう。驚くだろうか。喜ぶだろうか。私と同じく、奇跡は2度は続かないと思うだろうか。彼がどんな反応をするか、私は楽しみでしかたなかった。

……と同時に、私はぞっとした。

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