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ツッコミ日記 Encylopedia


[綴文] 「世界の七人」

2008年09月16日 19:57更新

題目「世界の七人」

この世界は七人の人間の深層心理によって構築されている。

彼が導き出した結論は、こうだった。

彼はこの世界のあらゆることを自然科学的に数式で表現することに、その時間を費やしてきた。彼は数学が好きだったし、一生の生業として続けていくことになんら疑問も抱くことも無かった。むしろ彼にとってはそれが幸福の一要素であり、彼自身を満たす重要な存在だった。難しい理論を簡単な数式で表現できた時の彼の顔は、まさに恍惚という言葉がふさわしかった。

ある日彼は数学者としての集大成として、世界そのものを構成するための基本的な数式を考え始めたのだが、表現しえない七つの係数が発生してしまった。彼は考えた。仮にこの数式が正しいなら、この謎の係数こそがこの世界をあらわす重要な要素なのだろう。しかし彼は慎重だった。この数式が自分の何かの間違いで導きされたものである可能性もある。この数式の正当性を確認するなら、別の手段でもこの数式を導き出せなければならない。彼はそう考え、別の角度、あらゆる想定をもとに何度も数式を構築してみたが、いずれも七つの謎の係数が発生してしまったのだった。

そこで彼は、この数式は正しく、係数が何か意味があるものと仮定し、それが何なのかを調査すべくさまざまなアプローチを行った。そうして長い年月を経て、彼は、この七つの係数が七人の人間の深層心理を表していると結論づけた。いや、突き止めたと表現するのが正しいだろう。彼は数学者として数式でそれを導き出したわけではなく、ただ幸運にも、その七人の一人にめぐり合うことができたのだった。彼はその人物に自分がこれまで行ってきた事を説明した。するとその人物は彼に真相を伝えたのだった。

さらにその人物は彼にこう言った。

「私が死んでも、誰かが私の役目を引き継ぎます。こうして必ずこの役目を負った人物が存在し続けるのです」

だが、七人全員が同時に死んだらどうなるのか。誰も引き継ぐことができなくなったらどうなるのか。彼にはあらたな疑問とともに、えも言われぬ恐怖心が生まれた。この世界に崩壊が起こりえるなら、可能な限りそれを防がなくてはならない。それが世界の仕組みを知ってしまった者の義務だ、と彼は思ったのだ。そのためにも七人の存在を確認しなくてはならない、そう考えた彼は残りの人物に会うことを決意した。

しかし、あらゆる手をつくし世界を奔走したものの、彼はどうしても六人までしか見つけることができなかった。あと一人。あと一人だけが見つからない。いったいどこにいるのだろうか……。彼は病院のベッドの上で、最後の一人のことを考えながら、静かに息を引き取った。

薄暗い部屋。入り口が開き、一人の男が入ってきた。

「おはよう」

中では、ヘッドマウントディスプレイをつけた男が、何かを操作していた。入ってきた男に気づいたようで、挨拶を交わした。

「おはよう。遅かったな。今日も数字とにらめっこかい?」

「ああ。そっちこそ、今日も“端末”に繋いで“世界”を眺めるのか?」

「まあな、意外と面白いぜ。最近は俺達の存在に気づいたサンプルがいたよ」

「へぇ。で、どうなった?」

「俺達六人と話をしたんだけどさ、あと一人……お前を探してたみたいだったよ」

「そうか。最近はデータとにらめっこで全く“端末”を使わなかったからなぁ。悪いことしたかな」

その部屋の入り口には、こう書かれていた。

“仮想宇宙生成実験室”

そしてその下には、所属する七人の研究員の名前が書かれていた。